久茂地川にかかる美栄橋の北のたもとにあったマチヤーグワー(小さな商店)の前に、ある夕方、一人の若い女が立ちました。
この辺では見かけない顔でした。
「何を買うのかね」 と店番の婆さんが声をかけました。
「マチバー小(アメ玉)を下さい。」 女はカ細い声で答えました。
そして婆さんがアメ玉を渡してやると、幾つかのグンジューミー
(穴開きの一厘線、昔の小銭)を婆さんの手に握らせて去って行きました。
さて、婆さんが店を閉めてその日の売上げを計算しようと、売上げのお金を入れておいた竹筒を開けると、その中にウチカビ(あの世で使うお金)を穴開き銭の型の様に切り抜かれたニセモノの小銭が出てきました。
婆さんは子供のイタズラだろう程度に思い、あまり気にかけず、ポイッと何気にそのニセモノの小銭をゴミ箱に捨てました。
しかし次の日もまったく同じ事が起こりました。
さすがに年寄りの婆さんでも、小銭入れに続けて細工されたニセモノの小銭が入っていては嫌でも気になります。ましてや、今日は子供一人も近づいた様子はありません。
その時、婆さんはふと、今日も来たあの若い女の事を思い出しました。
また次の日の夕方も、若い女はやって来て、いつものように小銭を置いて行きました。
婆さんは、それをわざと小銭入れに入れるふりをして、別の場所に入れて置きました。
女が帰ってしばらくして、婆さんは女の置いていった小銭を出してみました。
すると思った通り、その小銭はウチカビを切り抜いたニセモノの小銭に変わっていました。
婆さんは想像していた事とはいえ、びっくりして腰を抜かしてしまいました。
やがて村の住人らに相談したところ
「よし幽霊であるにしろ、ないにしろ、どこに住んでいるのか見届けてやろうではないか」
という事になりました。
そして、いつものように女がアメ玉を買いに来たとき、青年たちは彼女の後をつけました。
女は音もなく、空中を漂うようにして、美栄橋の橋を渡り、十貫瀬(現在の見栄橋駅方面)へ歩いて行きました。当時は、この辺りは寂しい場所でありました。
小高い丘(現存)があって、その横腹に七つの墓(一部現存)が掘り込まれていましたが、女はその中の一つに吸い込まれるようにすっーと消えてしまいました。
青年たちもさすがに恐くなりましたが、大勢の気強さで、松明を灯すと、墓の中に入って行きました。
そしてそこに彼らは発見したのです。
壊された棺桶の中に (例の若い女と赤ん坊の死体)を。
赤ん坊の死体のまわりには、いつも女が買いに来るアメ玉が散乱していました。
やがて次のような事情が明らかになりました。
女は亡くなった時に妊娠していて、臨月でした。夫は彼女が病気になったのもかかわらず、かねて馴染みだった別の女の所にいっており、亡くなった時も、ろくに女の世話をせずに、遺体を棺桶に入れると、雑にそのままこの墓に葬りました。
ところが亡くなったと思ったのは誤りで、この女は実は葬られてから、息を吹き返しました。
そして棺の中に閉じ込められている自分に気づくと、必死の思いでどうにか棺を蹴破って外に出て、そこで赤ん坊を産みました。
しかし女は、とうとう力尽き、誰にも見とられることなく、墓の中で今度こそは本当に息を引き取りました。
赤ん坊は彼女よりも少し長く生きたようです。
それで女の思いが残りました。
赤ん坊より先に死んでしまって、赤ん坊に乳の与えられなかった若い母は、夜な夜な幽霊となってアメ玉を買いにマチヤー小(商店)に出たという訳でありました。 わが子を思う母の情念が幽霊となってまで、この世に現われたというお話です。